4月5日(金)心身健康底上げワーク/夜開催

月に1回だとしても何もしない人よりも確実に不具合は減少します。
たとえ月一治療院へ行っても、自己メンテやらない人は楽になれないのです。自分でできることを一緒に学びましょう♪

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浪の下にも都が候ぞ。

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玉です。

 

祇園精舎の鐘の声

 

諸行無常の響きあり

 

沙羅双樹の花の色

 

盛者必衰の理をあらわす

 

おごれる人も久しからず

 

ただ春の世の夢のごとし

 

たけき者も遂には滅びぬ

 

ひとえに風の前の塵に同じ

(『平家物語』)

 

この世は「無常」です。

時間を止めて「今」を留めたいと思っても、変わりゆくものを止めることはできません。

 

変転することこそが真実であり、無常の世界を避け得る人間は誰一人いません。

 

では、それらの苦しみが一切無かったら幸せなのかというと、それはそれで地獄だと思います。

 

かつて、『ギルガメシュ叙事詩』の中で、ギルガメシュ王は不老不死を求めて旅をし、先に不老不死を得ていたウトナピシュティム(ノア)に出会います。

 

ウトナピィシュティムは言います。

 

「死ねないという苦しみほど、苦しいものはない」

 

無常の苦しみを避けて生き続けたところで、生ける屍が飯を食い、排泄をするだけの存在に成り果てるだけです。

 

無常。

 

つまり有限であることには価値があります。

 

何事も変わらず、苦しみの無い「無機質な」世界に、愛情など生まれる余地はありません。

 

誰も苦しんだり悲しんだりしないのなら、他人の気持ちなどを考える必要がなくなるからです。

 

かくして、世は無常なり。すべては変わりゆき、生まれた瞬間より滅びに向かって進んでいます。

 

おぉ、帝よ。浪(なみ)の下にも、都が候ぞ。

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