〜見えない世界のおはなし(座学)〜

2021年10月3日(日) 厄年について
*厄年をどう乗り越えていく?*厄祓いの儀式は必要?*厄年の捉え方*お布施とは?

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続3:体力勝負の夏に、急な呼び出しで泣く泣く城巡り

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異常な繁殖力で手に負えなくなってきたポトス君の枝を

みんなにもらって欲しい萬里です( ´ ▽ ` )ノ

だいぶんね、本当の意味のお裾分けしてきたけど、

育つスピードが尋常じゃないからどんどん持って帰って欲しい!!

水に浸けとくだけで元気に茂るから簡単だよ〜♪

ウチで鍛えてるから、毎日緑のエネルギーも与えてくれるよ〜♪

仏像の傍の男性により思い出される記憶

それが何を意味するのか?

見た感じの映像だけでは解釈できないことが多い。

追い追い状況を分析していく。

男性は一度も立ち上がることがなかった、仏像の横で

上半身を起こした状態のまま、横座りの姿勢で移動している所を見せる。

仏像に触れて、作業しているから、多分この仏像の作者だと思われる。

萬里が3〜4歳の頃(萬里は1歳の頃から記憶あります)

近所に家から一歩も出ない生活をしている

お兄ちゃん(20代?)が居た。

いつも縁側に居たから、萬里は外から直接

縁側のお兄ちゃんの所へ遊びに行ってた。

縁側の隅に昔の手打ちパチンコ代が置いてあって、

それを一緒にやるのも楽しかった。

なぜか、周りはあまりいい顔をしなかったけど、

なぜお兄ちゃんは外へ出られないのか?

いつも縁側にいるのか?疑問に思いながらも、

萬里が遊びにいくと笑顔で遊んでくれるから、

天気が良い日はそこにいくのが楽しみだった。

お兄ちゃんが移動する時は、いつも横坐りの姿勢で手を使って移動していた、

なので縁側を往復する姿しか見たことがない。

足はあるけど、子供の萬里と同じくらいほっそりして小さかった。

なぜ、お兄ちゃんはみんなと同じように立って歩かないんだろう?

多分、子供の萬里はそんな疑問もズケズケとぶつけていたかもしれない。

でも、お兄ちゃんが嫌な態度や表情で萬里の対応をしたことはない。

いつの頃か、お兄ちゃんのところへ行こうとすると

家族が止めるようになっていた、

振り切って行っても、縁側の窓は閉まったまま。

お兄ちゃんの家族も一切顔を出さないから、

そのまま、お兄ちゃんの存在を忘れていった。

少し大きくなって、あのお兄ちゃんのことを思い出すことがあって、

母に聞いてみたことがある。

お兄ちゃんは下半身不随という状態で歩けなくて、

当時は車椅子も各家庭にある状況ではなかったし、

田舎の小さな集落では障害を抱えた家族がいることは、

家族にとっては恥と感じる部分もあったから、

できるだけ隠して家から出すことがなかったらしい。

そうなった原因が怪我からなのか、病気からなのかはわからないけど、

萬里にとっては何も他の人と変わりない、普通のお兄ちゃんだった。

むしろ悪意のかけらもなく純粋な人だったから、

他の大人よりもずっと信頼していた。

会えなくなった理由は、状態が悪くなって入院したからだったらしい。

その後若くして亡くなってたみたい。

萬里が悲しんだり、ショックを受けたりしないように、

自然と忘れるように周りが配慮してたんだって。

家族は大好きな存在の死に直面するには、

萬里は小さすぎると思ってたかもしれない。

そういえば、こっそり小屋で飼ってた猫が

突然居なくなった時もそうだった。

ばあちゃんは「どこか誰かのところで幸せに暮らしてるよ。」

って言ったけど、

本当は猫の遺体を見つけて

萬里が気付く前に埋葬してくれてたんだって。

子供でも、たぶん理解できてたよ萬里は。

命が亡くなって現実会えなくなったとしても、

時々思い出すし、忘れない、

寂しくは思っても

死が繋がりを絶たれる最後だとは思ってない。

そんなことをこのタイミングでふと思い出した、

あ!この男性は、子供の頃遊んでくれてたあのお兄ちゃんと同じだ!

多分この仏像の作者、この男性は下半身がままならない人で、
ずっと閉じ込められた生活の中で、
人のためにできることを、自分なりの方法でやってたってことみたい。
時代的に『飢饉』や『疫病』で大勢の人たちが、
亡くなることがあったんじゃないかな。
その亡くなった人達を弔うため
「極楽浄土」へ連れて行ってもらうために、阿弥陀如来を作ろうと思ったみたい。

霊は自分のことを知って欲しいと思う時、萬里の頭の中の記憶から

ヒントになる記憶を思い起こさせたりもする。

家族はいなかったんですか?
その状況であの大きさの仏像を作るって、すごい労力必要ですよね、大変なことじゃないですか?

家族が見えんのよね・・・。
昭和の時代でも、障害のある人への理解が薄い時ってあったから、
この古い時代なら、もっとバケモノ扱いされてたのかもしれん。
前にも障害というか、奇形を抱えた男の人の対応をした時あったんやけど、
その人も家族から捨てられて、痛みに耐えながら
孤独に一人で亡くなっていった経過があって、恨み辛みを抱えてたもん。

たしかに。今は随分理解のある社会になったけど、
それでも生きづらいと思う人もいますもんね。
その男の人の時代に、どんな扱いされてたのかは想像もできません。
じゃ、この男の人もそういう苦しい思いを抱えてたりするんですか?

でも、この男性はそういうマイナスな念は持ってない。
信心深い人だったのかな、多分下半身付随は後天的なもので、
歩けてた子供の頃に仏像やお寺、お坊さんとの関わりがあって、
信仰を学んだ過去があるみたい。
でないと、この生活の中では阿弥陀如来なんか知る時ないと思う。
だから、苦しい環境の中でも人を救うことに費やして、如来さんに
自分の救いも求めてたのかもしれん。
横坐りの体勢でこの大きさの仏像を彫るって、相当なもんよ!
そこ数年で、できたものではないと思う。

ですよね。あの仏像、どう見ても私や萬里さんよりも身長ありましたもんね( ̄▽ ̄;)
あれを座った状態で彫るとか考えられん。
あ、なんか、状況を知っていくと他人事とは思えない感じになる。

過去に見た如来さんの顔を思い出しながらか、記憶を元に作ったから、
ああいう、実際の如来像とは、かけ離れた感じのお顔付きになったみたいやね。
なるほど〜。
元々、由緒あるものでもないし、有名な作者が手がけたものでもないから
発見した人が「こりゃ、見た目立派やし、大層なもんかもしれんから、保管しときましょ!」的な感じで、どこかの蔵に入りっぱなしだったのかな。
どこか由緒あるお寺に祀られてたような歴はないように感じる。
大事に尊ばれた物ではないのが可哀想やな、立派なのに。
しかも最終的に落ち着いてるのが、あんな階段の突き当たりの暗い場所とか・・・。

そうですよね。
考えようによっては、あんな目立たないところでも、飾られてるだけいいんですかね〜。
しかも継ぎ接ぎだらけな感じでしたよね?
あの違和感はなんでしょ?

本当のところ、平安時代のものかどうかも怪しいよね。
歴史的貴重な物で、平安時代の頃のまま保存状態を守ろうとするなら、
展示室にあったようなガラスケースの中で、温度や湿度の管理をしっかりするはずなんよ。
それが飾りっぱなしで、足元に小さい柵だけ。
ずっとあんな扱いだとすれば、もっと劣化が激しいはず。
左手の手首から先が色おかしかったやろ?

たしかに!ガラスケースの中に入ってる仏像もありましたよね!!
手首・・・違和感すごかったです。素材おんなじ?ってくらい真っ黒な色でしたよね。
素材が木であることは同じなんだろうけど。

確実に、歴史的貴重なものではないということよね。
たぶん作者不明で有名な寺にあったとかでもなく、
何処かの誰かんちで、でっかい仏像見つけたけど、始末するには忍びないし、
せっかくやから展示しときましょう的なノリで、あちこち移動してきたもんだろね。
本当に平安時代のものとなると、1200年は経ってる。
こんな適当な保存状態で、木が千何百年も同じ状態であるわけがない。
な割に、この仏像は木目が見えるくらい新しい感じの木で、継ぎ接ぎされてたよね?

そうでした!
やけにきれいすぎておかしいです。

あの左手首から先の黒い部分が制作された時のままの唯一の部分で、
あとは修復繰り返して、ほとんど当時のままのところはないと思う。
姿顔形自体は作られた時のものを完全に再現してるとは思うけど。

この仏像の写真は撮ってこなかった。

だって隣に男の霊居たし、写り込んでしまったりしたら

晒し者みたいで申し訳ないよね。

 

しかし、現代の我々からすると

身体も生活も不憫でならない状況の中、

孤独に生きていたであろう男の人の生涯。

 

でもね、彼は信仰心のおかげで孤独の中でも心穏やかに過ごせてたみたい。

信ずるものは救われる。

これやっぱあるよね〜。

 

あと、どんな状況でも

一心不乱に何か(誰か)の為を思って

それが使命だ!!って、打ち込むものがあると

現実の色んなことを忘れられるのかもしれないね。

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