4月27日(土)夜のお食事交流会(という名の飲み会)in居酒屋楽園久留米

★参加費¥5,000 ★開催時間19:30~★定員まで残り3名(事前のお申込み必須です)
★会場『居酒屋 楽園 久留米』福岡県久留米市東町33-9 鷲崎ビル1F 西鉄久留米駅より徒歩3分一番街アーケード入り口を左へすぐ

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生きづらさは豊かさの反動②

日々のつぶやき
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25日に誕生日迎えました萬里です( ´ ▽ ` )ノ

まだ折り返しにもきてないのですが、熟女としては完璧な年齢です✨

皆様からの温かいお祝いのお言葉&贈り物、たくさんいただき感謝しております(^人^)

お祝い戴くたびに、もっと精進しなければと氣合いが入りますっ!!年々能力と身体が進化しているのも、皆様からのご厚意のおかげだと思います。もう、Mサイズの服は入りませんw

誠にありがとうございますm(_ _)m

おいちゃんの不思議行動

おいちゃんの背後にでっかい木が視えるんですけど・・・。
これはなんだろう?

木ですか?!
私、バイクでよく一人旅するんですが、行った先々で木が気になって写真撮ったりはよくしてますよ。

どっかで縁の付いた木なのかなぁ🤔
にしては、主張が強い。

そういえば、ちょっと不思議なこともありました。関係あるかはわからないんですけど。
よく散歩で立ち寄る公園があるんです、家にいる時に突然その公園の見覚えのある木が頭に浮かんで気になってしょうがなくなったんです。

その木って、その公園のどの木ってはっきり分かったんですか?

はい、多分あの木だよな〜って分かったので、何かあるんだろうか?って確かめに行ってみたんですよ。
そしたら、その木の枝に空の「ペットボトル」が、枝分かれした間に詰め込むように捨てられてたんです。
それ見た時、あ〜これが嫌だったんだな〜と思って、取り除いて帰りました。

その状況をすんなり解釈するって普通ではないですよ?!
木も生きてますからね、気付いてくれそうな人はちゃんと分かってる。
やっぱなんか感覚違いますよね〜。

普通ならなんの疑問も持たずに、起こった出来事を受け入れるってことないし、自分には不思議な力があるんだ!って傲る様子もない。

ごく自然にその状況を受け入れてるところを見ると、その感覚も状態も今始まったことではない気がしてる。

おいちゃんは現実世界のこの世では、地位も名誉もある学者さん。

家族もいるし、きちんと一般的な営みをしているが、学者にありがちな「見えないもの(スピリチュアル)は信じない」「信じたら学者生命終わり」みたいな抵抗も一切ない。

当たり前のように自分の感覚を受け入れてるってことは、やっぱり生きづらさの原因は現代そのものでしかない。

物理的な目に見えるもの重視、便利さや安全を追求したテクノロジー、まぁどれも本当に人間のことを考えて生み出されているのかというと、全てがビジネスとお金に繋がってるようにしか思えないが・・・。

そこから派生する、副産物は自然に近い状態で生きる人間にとっては『不快』に感じることも多々あり。

まぁ、どこそこで言われておりますよね、電磁波、電波、パンデミックや自然災害、戦争全てに何かしらの陰謀論が巻き起こります。

金持ちの思惑に逆らうことができないとしても、ただ何も考えず言いなりにならない、当たり前と思われていることに疑問を持つ人間もたくさんいるってことね。

そういう考えを持ってなくても、自然に近い人間の体は正直に反応したりします。環境が自然とかけ離れればかけ離れるほどにね。

おいちゃんのバックボーン

人間は死んだら土に還るって聞いたことある?

現代では直に土に埋めることはないんだけど、昔の人たちは土の中に眠っていたりします。

今は実際見える形ではないけど、昔々土葬の時代もあれば、何かしらの事情があって穴を掘って埋めざるを得なかった事もある。

その土が層になって、形を変えて現代になっているとしたら、みんな誰かの身体の上に住んでるようなもんよ。

 

海から生まれて海に還るって言葉もありますよね?

実際、亡くなった人たちが海から帰ってくる姿を見たことありますから、それも本当だと思います。

現代では海に遺体を投げ込めば事件ですが、実際海を漂えば人間の体は自然に還ります。

お焚き上げで色々な物を燃やして灰にしますが、その際の場所の選択肢は『山』か『海』です。

その灰は土に撒くか、水に流すかが最後の仕上げ(供養)になるから。

 

自然あってこそ正常な営みができるのが人間なんだけど、その自然が壊されたり減ったり、人工的な物で補ったりしてるのが現代。

こんな中で、正常な状態でいられるわけがないよね。

 

おいちゃんの背後に見える「大木」の正体を考えていたら、ふとあることを思い出した。

木も石も自然界にあるものは『自然霊』としてエネルギーを持ってるし、会話ができる、ましてや『御神木』レベルになればもう神様と同じくらいの力を持ってるから、人の後ろにつくこともある。

しかも『守護霊』や『指導霊』としてね。

生まれる前からのご縁で、バックアップやサポートの対象となることがあったりすんのよ。

おいちゃんの背後の木は大きさを自在に変えて見せるし、輪郭がはっきりわからない感じに光を放ってる。

おいちゃんの生い立ちを聞いた限りでは、現在のステータスや状況をみても簡単に想像つかないくらい、自然の中で同化して育ってきたような感じの「野生児」だったから、ナチュラルな状態を保てない現代は「生きづらい」以外のなんでもないはず。

しかも、断定できるおいちゃんの『守護霊』は「どこかの御神木クラスの大木」

種類までは分からんけど、おいちゃんが旅の途中で出会ってるのかもしれんし、既にこの世に存在しなくなってる木かもしれん。

こんな守護霊連れてるんなら、そりゃ木と波長があって訴えに気付くこともできるだろう。

超自然派!!なのに仕事は理論派!!このギャップと、おいちゃんの思考の深さや発想が萬里にとってはおもしろい以外の何者でもない。

認めてもらうしかありません、そのギャップがあるかぎり「生きづらさ」はなくなりません。

その上で、この現代をどう解釈していくか、ギャップを少しなりとも埋めつつ、どう心地よい環境を作るよう努めて生きていくかが問題なのです。

役目とは限らず

お役目があるとかないとか関係なく、人間はみんな『第六感』を持ってます。

生活環境が便利になり、特に日本は安全な環境で安心して眠れることが当たり前、空腹で死ぬことも稀、六感を使うまでもなく、五感すらも駆使する必要のない環境になりつつあります。

そうなれば、持ってるはずの『第六感』は退化してしまい、使い方すら忘れてしまう。

子供の頃はまだ残っていても、大人になるにつれ薄れていく。

だけど、僅かな人間は自然に近い状態のままだったり、自然に逆らわずにいたり、自然と共にを自然に生きててその第六感の使い方を無意識に忘れないままだったりします。

 

そんな方々は、感覚が澄んでる分、空気を読み過ぎたり、現代の雑音に慣れきれずストレスがかかり、病気になったり、心を病んだりすることが多々あります。

近頃、認知されてきているHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン/Highly Sensitive Person視覚や聴覚などの感覚が敏感で、刺激を受けやすいという特性を生まれつき持っている人のこと。)も、その一つなのかもしれません。

五感全てが長けていると、無意識のうちに第六感も働いてるから、おいちゃんはその第六感の使い手とも言えるのかも。

おいちゃんと出逢った日から後も、背後のが接触してくることがあって、ちゃんと存在を知ってほしいのかな?って感じだった。

多分、その木はもう現存してない、長い年月を生きてエネルギーを蓄え、神格化したような木。できれば、おいちゃんがピンときたお名前をつけてあげて欲しいものです。

 

もうね、そんな自然体で生きてる方々が生きづらいのは当たり前の世の中よ、

楽に生きたければ「お金」「ステータス」「与えられた仕事」や「電力」「ガス」「水道」当たり前に整備されたライフライン全てを捨てて、山に籠り自給自足の生活をするしかない。

多分、便利に慣れてしまってるから、それはそれでまた違うストレスを感じたりもするのかもしれないけど、結果自然に還るのが本来の人間の姿。

今ある環境に抗うよりも、折り合いつけて、なんとなく馴染んで、工夫していくしかないよね。

今後もおいちゃんは、ネタをたくさん持ってきてくれそうな予感・・・( ̄▽ ̄)

いいの!今まで何だか辛いと思ってきたことは、全てネタにしちゃえばいいの!!需要は必ずあるから。

 ♪いつも読んでいただきありがとうございます♬
フムフム、そんなこともあるんだ〜!まぁ、なんやわからんけど頑張ってくれたまえ!!

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